1970年代生まれが何故特別な脳を持つようになったか?

「食は身体を成す」と言う言葉のように、筋肉、骨、皮膚、血液、ホルモン、血管等、日頃食べているものから作られています。

どの食材をどのように、どの位の量をたべているかによって、体型、筋肉量、脂肪分布等、身体に現れてきます。

しかし、人を育てるものは食べ物ばかりではありません。

心の栄養というように、生まれ育った背景の影響を受けて、その人の人格形成があります。

人格形成の背景には、家庭環境や周辺の人間関係による影響もありますが、その人が育った時代背景の影響を受けて、能力が形成されることもあります。

アナログな思想を持ちつつも、デジタルもこなせる。

このハイブリッドな能力を持つ人は、時代の影響を受けて、特別な脳を自分のものにしたのです。




 

ロストジェネレーション

ここでは1970年代生まれについて取り上げますが、前半に生まれたか後半に生まれたかで、時代背景や価値観が大きく変わります。

就職氷河期世代と言われますが、1974年生まれ(1975年早生まれ含む)までは、学歴によってはバブル世代に該当するため、全てが氷河期世代とは限りません。

団塊ジュニア世代と1975年度以降に生まれた子供達は、年齢はそれほど変わらなくても、前者と後者の価値観は全く以て別のものです。

前者は良しくも悪しくも昭和の思想が根付いており、年功序列、先輩後輩の主従関係はシビアでした。

先輩に対しては一足先に挨拶する、敬語を使う、とにかく先輩を低く見ることは絶対に許されない時代でした。

1975年生まれあたりから、このような縛りは緩くなり「個性(我儘?)」を尊重する時代にシフトチェンジします。

言ったもん勝ち、自分の思うように物事を進めるためには手段を選ばないという、ある種のしたたかさもあり、我々では不可解に感じる部分も多々あります。

その中でも80年代近くに生まれた年代の子達は、幼少期にバブル期の恩恵を受けて育ちました。

本人達はあまり意識していませんが、幼少期にバブル時代が到来し、経裕福な経済状況で過ごしてきたため、おねだりが叶い、欲しいものは何でも買ってもらえるという恵まれた環境で育ってきたのです。

後者である1975年生まれ以降の人達は「耐える」ことはあまり得意ではなく、「言えば願いを叶えてくれる」という、個性という強みと引き換えに、日本人さながらの大和魂を失うことにもなったのです。

 

子供の頃はアナログ時代

「昭和レトロ」がトレンドなこの頃ですが、およそ63年間の時代を一括りで表現することは難しいです。

昭和初期、戦後、高度成長期ではそれぞれの時代背景が異なりますし、同じ昭和時代でも、終盤になればかなり近代的になります。

昭和50年代になると、リモコンを使った電化製品が普及し始め、少しずつデジタル化が始まります。

とは言うものの、電話はアナログ回線が一般的であり、スマホやAIの時代が到来することなど想像付きませんでした。

携帯電話、ポケベルがない時代、友達、恋人と会う約束をする時は、事前に具体的に集まる場所を決めていました。

電車で乗り合わせる時は、何両面の何番目のドアで待ち合わせるかを決めていました。

分からないことは本で調べる、図書館で調べる、現地まで足を運んで調べる、初めての場素に出かける時は分厚い時刻表を購入して電車の時間と停車駅を調べ、地図帳を使いながら目的地に向かいました。

乗り物に乗れば、手元に携帯電話やスマホがないため、本を読む、景色を眺める、疲れている時は仮眠する等の時間に費やしていました。

そして「報酬の先延ばし」という欲しいものを手に入れるまで耐え忍ぶ経験を重ねてきました。

若い世代には「報酬の先延ばし」の経験が殆どなく、欲しい情報はすぐに手に入れることが当たり前の環境で育ってきたので、ドーパミンが即座に放出されます。

が、一方、アナログを知っている1970年代生まれは、報酬の先延ばしの経験があることから、ドーパミンの放出をコントロール出来る脳の仕組みが造られたのです。

このようにして、物理的原理を習得していきながら、時代の転機に遭遇します。

 

移民生活の始まり

デジタルイミグラントとは、デジタル移民のことを言います。

昭和40年代生まれが若手だった1995年、物騒な事件が相次ぐ中、Windows95が発売されました。

Windows98の時代まではパソコンの画面はブラウン管でした。

Windows95が発売された当時は、ノートパソコンの概念はなく、パソコンの価格は1台100万円以上かかる高額なものでした。

当時はバブル崩壊後の時代であるものの、当時の庶民はそれなりに経済力がありました。

後にWindows98がアップデートされ、PCは庶民にとって身近な存在となり、PCを導入する企業も少しずつ増えてきました。

次第に、仕事にPCは欠かせない存在となり、Word、Excel時にはPowerPointを使って書類作成を行い、次第にPCスキルが身に付いてきました。

この経験を脳の柔軟性が真っ盛りな20代のうちに行ってきたため、子供の頃に味わったアナログとは全く違うデジタルというシステムが自然と頭に叩き込まれたのです。

脳は年齢とともに硬化し、新しい技術を受け入れることを拒むようになりますが、20代のうちにデジタル脳を植え付けられたことで、物事を更に深堀する力を培ったのです。

つまり、昔ながらの情緒的な安定性を持つアナログ脳と、効率性が備わったデジタル脳という、全く異なる側面を持ったことで、ハイブリッド性を持った脳が造られました。




 

強さの謎

我々(昭和40年代生まれ)から見ると、昭和の末期以降に生まれた人達は、虐めや人間関係のトラブルがあったわけではないのに、仕事が長続きしないように見受けられます。

この中でも、団塊ジュニア世代は、受験戦争で散々苦労した挙句、就職難に遭遇するという、ダブルパンチを受けます。

これが逆境の後の成長となり、脳の可塑性を持つようになったのです。

脳の可塑性は、この世代だけが持っている唯一無二なものなのです。

これが問題解決能力を身に付けたり、直観を研ぎ澄ます能力へと至ります。

実は、この能力は性格とは関係なしに、幼少期の体験によって特別な社会アンテナが形成されたからなのです。

当時はスマホやSNSといったツールはなく、直接対話をすることが当たり前でした。

直接対話することが、非言語的コミュニケーションから相手の気持ちを読み取る能力を体得します。

コミュニケーションを図る時、93%が顔の表情、イントネーション、話し方、まなざし、雰囲気等の非言語的コミュニケーションから生まれます。

昭和のアナログ時代、成長期において、非言語的コミュニケーションを続けてきました。

これが相手の感情をリアルタイムで読み取れるようになり、相手の真意を素早く見抜く能力が造られたのです。

デジタルで育った世代は、検索して物事を調べる時に、その文章の内容について深く追求しません。

一方、アナログを知っている昭和40年代の世代は、得られた情報から何処が本物かフェイクニュースかを選び、フィルタリングをしますが、これは自ら調べて、自ら足を運んだ経験によって得られた、脳の批判的思考回路を刺激します。

つまり、物事の本質、本当の価値を見出すことに長けているのです。

相手の心を読むミラーニューロン、本質を見分ける批判的思考が、人と技術を繋げる架け橋となり、葛藤を仲裁し複雑な情報の中から正解を見つける力、しかも、試練を経験するほど、その力は強固なものになり、外傷後成長に至ります。

試練を経験したことが、脳にダメージを受けるどころか、以前より脳の次元が高い次元へとアップグレードされるのです。

若いころから予想もしなかった社会的変化に慣れなければならない経験が、脳の回復性弾力性を形成しました。

今のように自転車の乗り方、料理の作り方、遊具の使い方(竹馬で歩く等)をスマホや動画で検索することは出来なかったため、実際に身体を張って経験し、失敗を繰り返しながら自分のものにしていきました。

昭和40年代が「口頭で説明を受けるより、自分で体験した方が、身に付きやすい」というのは、このような成長過程があったからではないのでしょうか。

 

「日本人らしさ」が残る最後の世代

子供時代、当時の大人達は厳しく、約束を破れば叩かれる、受験戦争、就職難、就職先での人間関係のトラブル、災害等、1970年代(前半)は過酷な環境の中で育ち、競争させることを学んできました。

この経験は「他人を蹴落としてまで、自分の地位を上げて保身に走る」ものには繋がらなかったのです。

寧ろ、この過酷な経験が自分の技術を活かして最善を尽くす人間中心のサービスを提供する力が養われてきました。

年功序列、封建的というと古臭いと言う人もいますが、自分達が耐え忍ぶ経験をしたことで、謙虚さ、利他性という日本人さながらの利点が、この世代まで引き継がれてきたのでしょう。

今回は人間が育つことについて、食とは違った側面から述べていきました。

甘やかされて育って子供のまま年を重ねるのか、波瀾万丈な中で飛躍的に成長するのか。

どちらがこの世に生まれてきたことへの醍醐味があるのか、一目瞭然でしょう。

 
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