食生活ヒストリー

人生100年時代と言われますが、明治、大正生まれ、昭和一桁生まれの方が何故生命力が強いのか?

それは、巡り合った時代とともに食生活は次々と変化をなし、その影響と共に我々の身体を作っているのではないかと考えられます。

栄養学の発端となったのはビタミンB1不足による脚気が流行したことでした。

脚気の改善にビタミンB1が不足していたことが発見されてから、栄養学の必要性が生み出されます。

あれから現在に至るまで、食生活、食文化の次のように変化していきました。





 

栄養士の始まりの背景

事の発端は「江戸煩い」と言われる「脚気」が明治時代中期に流行ったことでした。

当時、脚気の原因は伝染病によるものと見られていました。

更に日露戦争にて脚気の被害は25万人へ拡大していったのです。

実は白米の摂取によるビタミンB1不足によって発症したものであり、当時の食事は白米に偏重していたのでした。

この原因は海軍軍医大鑑になった高木兼寛が、軍艦の乗務員に試験的投与実験を行ったことにより、脚気の原因が明らかになったのです。

当時の海軍は罹患率が30~40%でしたが、これを0.5%以下に低下させたのです。

 

第二次世界大戦~食糧難へ

第二次世界大戦が始まった頃、栄養士養成施設が整備されました。

軍需工場で働く従業員や軍隊の体力増強を目的として給食を提供していました。

第二次世界大戦に敗戦後、これまでの強力な国家統制が消え去り、戦争による農業の荒廃が追い打ちをかけ、食糧難に陥りました。

 

栄養士法の制定

1947年に新憲法(日本国憲法)のもと、「栄養士法」が制定されました。

栄養士は国家資格として公的に認められ、社会的な位置づけが確立されたのです。

戦後の復刻と経済的発展という時代背景の中、日本国民は栄養失調状態でした。

当時の栄養学のコンセプトは「しっかり食べて、しっかり体力をつけましょう」であり、この時代の栄養失調が多い状況に即したものでした。

 

高度成長期の食生活

1950年~55年頃、国民が一定の飢餓の危機から脱出した時期でした。

それから昭和40年頃までの戦後復興期と呼ばれる時期の間、日本人の健康構造が変化しつつありました。

戦後の栄養失調状態は著しく改善し、成長期の子供の体位は上昇し、感染症や栄養欠乏症による疾患が急激に減少されたのです。

当時の食事風景は、ちゃぶ台を囲んで畳の上で正座をして、家族との団欒の中で一日の出来事を話しながらコミュニケーションを図っていました。

この時、テーブルに並べられていた食事と言えば、御飯に味噌汁、焼き魚、煮物、お浸しといった和食を中心とした家庭料理でした。

1970年頃から、ダイニングテーブルと椅子を使うようになったものの、家庭料理のメニュー構成は1975年頃まで和食を中心とした素朴なものでした。

1970年頃といえば、1968年にレトルトカレーが販売され、1970年にすかいらーくがオープン、1971年にカップヌードルが販売され始めた時代です。

この時代はレトルト品を使う事が殆どなく、外食といえばハレの日の象徴でした。

 

食のターニングポイン

そしてターニングポイントを迎えたのが1975年でした。

当時は、家庭の食卓は和食を中心としたものであるものの、少しずつ西洋文化を取り入れたスタイルに変わりつつあります。

ファミレス、ファーストフードがじわじわと展開していき、80年代に入るとレトロ要素を脱したお洒落な飲食店を見かけるようになりました。

学校給食の献立の幅が広がり、洋食の献立も多く取り入れられていました。

御飯よりもパン食が多く、当時は子供ながらにパン食の献立は嬉しいものでした。

当時の洋食と言えば、まだ昭和レトロな雰囲気のあるもので、パスタメニューはナポリタンやミートソースが主流、ハンバーグ、シチュー、ポテトサラダ、カレーライス、コロッケといったものでしたよ。

 

バブルへGo!

90年頃になると、イタ飯ブームが巻き起こりました。

当時はティラミスが流行り、パスタのバリエーションも格段に増えました。

ペペロンチーノ、カルボナーラ、イカ墨、ボンゴレビアンコ…種類を挙げるとキリがありません。

この頃にはファミレスも沢山展開していました。

ファミレスで外食することが多くなり、外食が当たり前のようになり始めた時代でした。

高級な飲食店も次々と展開を進めていました。

たまに奮発してフランス料理店で数万円ものコース料理を食べたり、旅行に行けば高級ホテルに宿泊してワンランク上の贅沢とグルメな食事を満喫し、お歳暮等でいただいた高級な和菓子を口にするなどして人々の舌は段々と肥えていったのです。

このバブル時代の食文化はあらゆる世代の食事への価値観を大きく変革しました。

団塊世代を中心とする世代の人たちと明治・大正生まれ世代の人達との食の価値観に大きなギャップがあるのはこのような時代背景があったからなのです。

食の欧米化も進み、人々の知らないところで身体が蝕み始めていたのでした。




 

食の合理化と言われるが…

バブル崩壊後もグルメ志向は継続していきました。

また、共働き世帯が増えて、家事の簡略化の為に家庭で手作り料理を提供することが減ってきました。家庭での団欒も少なり、孤食が増えてきました。

この時代の子供たちは、親の手作り料理を殆ど食べたことがないと言います。

食事内容がお菓子、カップラーメン、ファーストフードだけで済まされていた家庭もあったのです。

これは子供達の問題だけではなく、大人達も健康について一切関心を示さず、好きなものを好きなだけ食べている状態でした。

インスタント食品、レトルト食品、コンビニスナック、ファーストフード、スナック菓子、清涼飲料水、加工品が主流となり、中には仕事のお弁当は毎日のようにカップラーメンなんてことも珍しくありませんでした。

バブル時代の贅沢に引き続き、このような乱れた食生活が肥満や糖尿病をはじめとする生活習慣病に罹る方が急激に増えてしまったのです。

そして2006年にはメタボリックシンドロームが流行語大賞となります。

とは言っても、この流行語は生活習慣病のことよりも「お腹ぽっこり」の方がネタになりましたがw

そして翌年2007年には特定保健検診や医師、保健師、管理栄養士による特定保健指導が導入し始めました。

そして、2009年頃からローフードが注目されるようになってきます。マクロビオティック、ベジタリアン、ビーガンに関心を持つ人が現れました。

食生活、栄養、健康への注目度は今後も上がる可能性があるでしょう。

 

まとめ

このような食の歴史を見ていくと、古い時代から生きてきた人ほど、一生の中のインスタント食品やファーストフードの喫食率が少ないことが分かります。

また、昔は不便な時代だったからこそ肉体を動かすことも多くありました。

その結果、生活習慣病に罹る人は殆どいませんでした。

戦後の食糧難や不便な時代を乗り越えた強い精神力、感謝の心が培われているというのが、明治・大正生まれの方の素晴らしいところです。

これらの要素によって、明治・大正生まれの方の強い生命力が養われたと見ています。

そして時代が新しければ新しい程、文明は進化し、便利さゆえに身体を動かすことが少なくなってきています。

栄養の偏り、糖分や動物性脂肪を過剰摂取する食習慣や身体を動かさない生活習慣が引き金となって、若くして健康診断で異常値を呈しているのです。

 





 
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